syauto_sgsの日記(仮)

『スクスト』『スクメロ』が大好きな人のブログです。

『スクメロ』が僕達に残したもの 追記

スタート地点も一応載せますね。 

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 追記、というか、『スクメロ』を語るにあたり、なぜこの話を忘れていたんだのコーナーです。多分今後も追加していくと思います。

 

○てけてんさんの『スクメロのお話』を見て思い出したことのコーナー。

 

★メイン以外のエピソードの話

 実は私、メイン以外のエピソードをほとんど読み飛ばしていたんですよね…。基本的に、『スクメロ』のエピソードのクオリティが良くも悪くも…だなと最初の一カ月で決めつけてしまっていたので。

 今回この一連の記事を書くにあたり、メインエピソードも第5章からなんとか一気に追いついたのでした。やっぱり作品のコアであるメインエピソードとは向かいあわにゃあ失礼だと思いまして。結果、何か見つけられそうな、見つけられなさそうな…な感じです。いい話ですよ。メインエピソード。

 今にして思えば、メイン以外のエピソードももっと読んでおけばよかったですかね。

 

★初めてアイドルという沼にハマった人の話

 その人は、私です。それまで、確かに「ももクロ」のドキュメンタリーや「ラブライブ」のインタビュー(だったかな?)にも興味を示す人間ではあったので、まあ予感はあったんですが、見事に「アプリコット・レグルス」によりハマってしまいましたね。詳しくは【2】の記事に書いたとおりです。

 知らない世界に踏み出せて、楽しかったです。誰か芸能人に手紙を出すということも、人生で初めてしました。ちょうど私の人生の大きな試練とレグルスの活動時期が重なったので、本当に「共に歩んでいる」感覚がしました。こっちの思い込みかもしれないですけど。

 レグルス、ありがとう。大好き。

 

○以下、また話題があれば追加していきます。

 

★★★

 

 あとがきがまだの方は、こちらへどうぞ。

 

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『スクメロ』が僕達に残したもの あとがき~旅の途中~

順番に読むと、よりお楽しみいただけます。

 

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★「終わり」と「続き」

 そういえば、過去にこんなことを呟いていたので、垂れ流しておきます。

 

【ポプストが終わる話】

ポプストはほんと最初の一時期だけやってすぐ離れてしまったんだけど、やっぱり、知ってる子たちの時間が(少なくとも公式サイドからは)止まってしまうというのは、すごく悲しい。

本来ゲームというのはエンディングを迎えるのが普通で、最近の「終わらないゲーム」というのが異常だと思う。異常だから悪いとかそういうことを言いたいのではなくて。始まりがあれば終わりも必ずあるのだから、ゲームはエンディングに責任を持たなくてはならないと思う。そういう意味で、聞いてる限りではポプストの「終わり方」は素晴らしいと思うし、スクスト・スクメロには期待と不安とが入り混じるよね、っていう話でした。まあ、「やってモーターカー」な事態じゃなきゃ、なんでもオールオッケーです。

 

逆説的な話、名作と呼べる物語はしっかり「終わり」を迎えることで、語り継がれるという「続き」を導いている…気がする

 

過去ツイートここまで。

 

★★★

 

 今、『スクメロ』の一つの終わりを見届けました。

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 しかし、『スクメロ』はこれで全て終わりというわけではありません。保存版アプリとなっても、彼女たちの歌は私たちを励ましてくれることでしょう。

さらに、「レグルス」として共に歩んだ、この世界に生きる5人の女の子。彼女たちの道は、まだ続きます。

 そして、『スクスト』としての世界はまだ繋がっています。もしかしたら、レグルスの彼女たちにまた会えるときがくるかもしれません。

 

 

 

それまでは、さよなら、そして、ありがとう。アプリコット・レグルス。

 

君たちの想いは僕達の想いにもなって。僕達の想いは君たちの想いでもあって。想いがつながって、いつか再び旅路が重なることを夢見て。

 

君たちは、僕達は、まだ旅の途中だ。

『スクメロ』が僕達に残したもの 【4】自分の気持ちとみんなのために

コピペだとでも思ったか?まえがきからどうぞ。

 

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 『スクメロ』のストーリーのお話です。申し訳ないですが、多分この項目が一番まとまりがない記事になっています。読みづらいと思いますが、想いを受け取ってくださると、嬉しいなぁ…(遠い目)。

 

★明佳里の成長のストーリー

 ストーリーは、明佳里たち5人が「アプリコット・レグルス」として成長していくことで展開していきます。様々なハードルをなんとか飛び越えていく明佳里たち。その中で特に焦点が当てられたのは、明佳里自身の内面となりました。

 明佳里は過去に、「みんなで思い出づくり」のために、アイドルグループとして活動していました。しかし、みんなを無茶させて、結果倒れる子が現れてしまったのです。そこで「本当は自分のためにみんなをわがままにつき合わせていたのではないか?」「ここまで無茶することはなかったのではないか?」という問いをぶつけられた明佳里。それ以来、アイドル活動から距離を置いていたのですが、『スクメロ』の物語の始まりと共に、再び明佳里はアイドルとしての道を歩み始めます。

 過去のトラウマは、随所で明佳里を立ち止まらせます。しかし、それを打破することになったのは、「自分のためにアイドルをやっていいんだ」「自分が楽しいからアイドルをやる」という良い意味での開き直りでした。そして最終的には、過去のアイドル仲間が応援に駆けつけてくれることで、明佳里は真の意味で過去の呪縛から解き放たれ、本当の輝きを放つことになります。

 また、物語が進んでいくにつれ、最初は「流されるままやっていく」というスタンス、つまり自分の意思を出しすぎないでいこうというスタンスだった明佳里(もちろん明佳里は元から積極性の塊なので、レグルスを結成するなど行動力抜群なのですが)が、終盤になると「レグルスのみんながすごいアイドルだって証明したい!絶対に勝ちたい!」と自分のため(そしてそれはみんなのためでもある)にもっと頑張りたい意思を見せてきたのが印象的でした。

 

★仲間の存在

 そして、その「勝ちたい!」という意思はみんなにも伝わり、みんなを無茶させてしまうのですが…。そこにあったのは、香澄と薫のグループの支えとしての存在。そして、先ほども述べた明佳里の過去からの解放。これらが合わさり、本当の「楽しさ」「かわいらしさ」を手に入れた彼女たちの気持ちは、一つになり、また一段と大きな星のように輝いたのです。

 香澄と薫だけでなく、真央と渚の存在も大事でした。トップアイドルを目指す真央という存在がいたからこそ、明佳里は高みを目指すことができたのだと思いますし、渚は、不器用で、現実的で、でもだからこそ、彼女の言葉と意志は、一番明佳里の心に響きます。

 

★ベタかもしれないけどまっすぐなストーリー

 こうして紡がれていったストーリーは、ベタと言えばベタかもしれません。前の記事の分類でいけば、「伝統」なのでしょう。といっても、私は『アイマス』や『ラブライブ』などのストーリーを詳しくは知らないので、伝統と言いきることはできないのですが…(『デレステ』をやってはいるんだけど、まだストーリーが第1章なんです)。ただ、「伝統」だからこその心温まる青春ストーリーはストレートで、レグルスの輝きが素直に伝わってくるのでした。

 

★もっと探っていきたい

 もちろん、ストーリーの細かいところは悪い意味で気になってしまいます(例:『スクスト』キャラが言わなそうなことを言っている、細かい誤字、など)。ですが、このお話の意義である「過去に一度アイドルを諦めた女の子」「自分のため?みんなのため?」「仲間という存在」に注目すると、もっと何かが読み取れそうな気がしているのです。今はまだ全て受け取りきれてはいませんが、今後はもっと探っていきたいと思います。

 ちなみに、込み入った話になりますが、私はこのストーリーを読んで『デジモンクロスウォーズ』の工藤タイキを思い出しました。特に漫画版(中島諭宇樹先生)はそこらへんの掘り下げもされているのでみんな読んでちょ(宣伝)。

 

★自分のための気持ちとみんなのための気持ち

 思えば、「『自分のための気持ち』と『他人のための気持ち』がごっちゃになる」というのは、「アイドルを応援する」というのでも同じなのかもしれません。レグルスを応援していると、「レグルス」が好きなのか、「レグルスを応援している自分」が好きなのか、よく分からなくなった時がありました。よく言うじゃないですか、「『自分がいる地下』から『メジャーどころ』に巣立っていったアイドルを見て、自分の愛情は消え失せてしまった『共に歩んでいる』ときが良かった」みたいなやつです。ただ、そういったことは実はよくある話で、あまり悩まないで良いのかな…とも今は思っています。そういうごっちゃなことを受け入れて、とにかく「応援するのが楽しい!」という感情を大切にしていけばいいのかなと思いました。

 

 この記事も、主観と客観をごっちゃにしたのはそういう節がありますし、自分と他人なんて、思ったより分けなくて良いんじゃないかな…と。「自分がそうしたいから」「レグルスのみんなのために」と、様々な感情を持ち合わせながら、書いています。

 ちょっとパーソナルな意識が出すぎてしまいましたね。自分でも何書いてるかわけわかめです。閑話休題

 

★★★ 

 

 まあそういうわけで、『スクメロ』のお話は良かったよ、という記事でした。

 ああ、言い忘れていました、「ストーリー」はフルボイスなんですよ。レグルス(3)のみんなも有名声優もみんなむっちゃ喋ります『スクスト』本編でやれ。レグルスのみんなの演技が上手くなっていく様子もまた、キーワード「共に歩む」の一つではないでしょうか。

 

 さて、あらかたのことは話し終わりました(何か忘れていたらゴメンナサイ)。

(追記)忘れていたので追記しました。(「追記」の記事の最後からでも、あとがきへ進めます)

 

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でも、もうちっとだけ続くんじゃ。

 

次回、「あとがき~旅の途中~」。

 

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『スクメロ』が僕達に残したもの 【3】伝統と革新を併せ持つゲーム性

良ければ、まえがきからどうぞ。

 

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 こんな大層なタイトルを付けてしまいましたが、『スクメロ』というゲームは一体どういうものだったのでしょうか。それを見ていきたいと思います。

 

★伝統的なシステム

 まず、伝統です。これはつまるところ、『デレステ』などのアイドル音ゲー界の先人のシステムをパクリリスペクトしたということです。

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 ロード中にはこんなのが出てきます。

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ホーム画面もこんな感じです。どっかで見た事ありますねぇ…。実際、『スクメロ』を始めた当初、『デレステ』など『アイマス』のあれこれに詳しかった友人に話を聞くと、「そっくりやんけ」と言われました。『デレステ』に触れてみた今、自分でもそう思います。

まあ、活かせるノウハウは活かした方がいいのでしょう。ちなみに開発は、本家スクエニと、『ガールフレンド(♪)』などで知られるアールフォースの共同となっています(https://www.r-force.co.jp/works)(アールフォースホームページより)。

このように、伝統的なシステムを用いることで、他のリズムゲームのファンも参入しやすくなるという狙いがあったのだろうと思います。それが成功したのかどうかはわかりませんが、いずれにせよ『スクメロ』は終わりを迎えます…。

 

★革新的なリズムゲーム

 続いて、革新の部分です。リズムゲームの中身は、やる人の度肝を抜くものでした(というのは誇張ですが、少なくとも私は驚きました)。そのゲーム画面がこちら。

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画像は『Southern Cross』の最難関EXPERT。全プレイヤーを苦しめた鬼譜面。

 このように、画面のあらゆるところにノーツが出現するのです。これは、テレビなどでやっている音ゲーのCMでも見た事ありません(私は)。あ、『スクメロ』自身のCMは別ですよ(『勇者ああああ』でよくやっていましたね)。『デレステ』の画像と比べても、違いは明らかですね。こうした画面をふんだんに使った音ゲーは、新鮮で、面白かったです。

 

★革新的要素の功罪

 ただ、こうした革新的な部分には弱点もありまして。そうです、あまりに一画面で処理するものが多いため、よく処理落ちするのです。ウーン、これは音ゲーとして致命的。私も軽量モードを試しましたが、それでも3D映像をバックにとなると落ちやすくなるのが現実。悲しいですね。

 一方で、忘れていないでしょうか、【2】で私が提示したテーマ、「共に歩む」を体現したものもありました。それは、この画面いっぱいのノーツシステムをふんだんに活用した、他には真似できない画面演出です。

 

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 とまあ、こんな風に美しい形が色々できるのです。特に2つ目の画像は、『オルヴォワール プラネット』という歌の中で、星(惑星というべき?そこらへん分かんないです)の形のノーツが現れるので、大変印象的です。リリース当初こそこのような譜面は少なかったのですが、月日を重ねるうちにこのような譜面が増えてきて、「すごーい!」と思うことが多くなりました。画像は出しませんが、『キミ、ボク、恋してる!』の最後のハート型とかも大好き(うろ覚えの記憶で話しているため、間違った情報かもしれません)。あ、言い忘れていました。「この画像一枚目とか、こんないっぱいのノーツ叩けないだろ」とか思っていらっしゃる方もいるかもしれませんが、「チェイン」、つまり並んだノーツを指でなぞってもプレイできるのです。プレイ中は、「タップ」と「チェイン」の使い分けがカギになってくるわけですね。ってなんで、サービス終了したゲームの説明をしているんでしょう私は…。

 

★★★

 

 そんなこんなで、これが伝統と革新でした。そういえば、伝統と革新という軸で見るならば、『スクスト』のキャラという「伝統」と、『スクメロ』から登場のキャラという「革新」と捉えることもできますね。いま思いついただけのことなので、だからなんだって話ですが。そういう意味でも『スクメロ』は伝統と革新の両輪で駆動していたのですね、ということです。

 

 さて、『スクメロ』のゲームには、ライブというリズムゲームパートだけではありません、もう一つの要素、ストーリーがありました。平行世界が描かれなかったということは【1】でもお話しした通りなのですが、このストーリーは「伝統」と「革新」のどちらに分けられるのでしょうか…?

 

 次回、「自分の気持ちとみんなのために」。よろしくどうぞ。

 

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『スクメロ』が僕達に残したもの 【2】2.5次元のアイドル

良ければ、まえがきからどうぞ。

 

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★徹底的な2.5次元アイドル

2018年、2次元作品の舞台(3次元)化などを意味する「2.5次元」という言葉は、世間に浸透しつつあります。この記事(https://www.oricon.co.jp/special/47672/)(「最近よく聞く“2.5次元”、その定義とは?」、オリコンニュースさん、2015年2月)がもはや3年以上前であることからも、最近もその歴史が積み重ねられていることがわかります。「テニミュ」や「µ’s」など、有名どころも数多くある分野です。

『スクメロ』は、アイドル戦国時代である今の世の中、この「2.5次元」という分野にも挑戦しました。具体的には、アプリコット・レグルス」の5人としてのライブや、イベント出演、ラジオ、さらにはTwitterアカウントまで作成しました。アイドル・2.5次元初心者であった私にとっては、2次元のキャラクターのアカウントが3次元の自撮りをアップロードしているという行為に、困惑というか、びっくらぎょうてんしました。おそらく、他の初心者の方もみんなそうだったのではないでしょうか。

今、『デレステ』に触れてみて分かることなのですが、『アイドルマスター』シリーズは、確かにライブなどは精力的に行われていますが、それは中の人との区別をつけてのライブであり、ここまでの2.5次元展開はなされていません(と思います)。また、「µ’s」と「レグルス」の自己紹介映像をググっていただければ分かると思いますが(怒られませんように)、前者はキャストとしてイベントに出演したりしていますが、後者はキャストの名前出ないんです!!あくまでキャラクターが3次元に出張しているんですね。それほどまでに、「アプリコット・レグルス」の2.5次元展開は徹底されていたのです。

 

★私も握手しました!

少し本筋から外れた話になりますが、彼女たちの活動の中には、駆け出しのアイドルだから(規模がそこまで大きくないから)こそできるもの、例えば、握手会や2ショット撮影などがありました。本当にアイドルって感じです。私も、ライブの際にレグルスのみなさんと握手をしたことをよく覚えています。「アイドルのライブ初めて来たんですよ」とか「すっごく楽しかったです!」とか私が言って、それに対して笑顔で「ありがとう~」と応えてくださったのが印象的でした。彼女たちは、まさに理想のアイドルでした。2次元の世界からやってきたかのような。自称オタクの私が言うので間違いないです(多分)。

 

★新たな興味、新たに知ったこと

さて、それでは、この2.5次元展開は何をもたらしたのでしょうか。

少なくとも私にとっては、「架空のものに身を重ねる、5人の女性」への親しみを覚えるようになりました。そう、2次元のキャラを前面に出すことになったからこそ、逆説的というのでしょうか、その中の人への興味が出てきたのです。

そうしたところで目にした、この記事(https://www.lisani.jp/0000063167/?show_more=1)(「『スクールガールストライカーズトゥインクルメロディーズ~』アプリコット・レグルスのインタビュー連載:レグルスのホンネのぞいちゃえ♪」、リスアニさん)。この中の人へのインタビューを見て、また、この頃から中の人のTwitterもフォローするようになって、知ったのです。自身の新たな境地を開きたい。歌姫になりたい。人の心を揺さぶる声優になりたい。ああ、彼女たちもまた「夢を抱いた女の子」なんだなぁと。

 

それから、『スクメロ』の楽曲がより深く私の胸に響くようになって、2次元のキャラクター5人と3次元の彼女たち5人が「共に歩んでいる」ことを感じるようになりました。

(追記9/13)そういえば、『神のみぞ知るセカイ』で知られる若木民喜先生が、「アニメじゃ、アイドルは新人がやるもの」とTwitterで発言したことがあったそうですね。ソースはアニオタwikiですが。中川かのんしかり、マクロスシリーズしかり、そうなんでしょうね…。この言葉の真意に近付けた気がします。

 

★「共に歩んだ」曲

特筆すべきは、初期からレグルスを支えてくれた、まさに「歩むこと」を歌う曲『Step!』と、レグルスのメンバー・篠宮明佳里の“お友達”である富永美杜さんが作曲した『Snow Planet』です。

『Step!』には、こんな歌詞があります。

 

瞳閉じた後 覚めたら消える夢より 目の前の

たしかな夢がいい つかめる夢がいい 恐れないよ

一度きりの奇跡だけで 終わる僕たちじゃないから

かたく手を握り返して 今日から明日へ 飛び込んでいこう

一度きりの奇跡じゃない 何度でも夢を叶えよう

僕たちが紡いだ想い 今日から明日へ ずっと続いていく

永遠はここにある

そうだ!夢は終わらない!

 

「夢」を掲げる3次元の彼女たちが、同じく「夢」に向かってひた走る2次元の彼女たちと自分を重ね合わせることに、私は心を動かされたのです。恐れずに夢を追い求める者の姿は、いつだって素敵です。

また、『Snow Planet』では、やはり中の人が作曲をするというのは新鮮でしたし、MIMORIさんと明佳里が手を取り合っているイメージが浮かびました。『スクメロ』の一つ目のアルバムのトリを飾る曲だったことや、ちょうど発売の季節が冬だったこともあり、何度も聴いたのをよく覚えています。

 

★「共に歩んだ」ファン、そして…

「共に歩む」といえば、【1】でも少しお話しましたが、ファンの方がたくさん盛り上げてくださったことは言うまでもありません。Twitterを見ると、いつも誰かのほほえましい声が聞こえ、素晴らしい作品が生まれ、本当に幸せでした。ありがとうございました。

 

そして、「共に歩んでいた」のは、彼女たち自身・ファンだけではないのです。この『スクメロ』というスマホリズムゲームもまた、道を歩む仲間でした。

私の話も折り返しです。次回のテーマは、「伝統と革新を併せ持つゲーム性」。

 

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『スクメロ』が僕達に残したもの 【1】描かれなかった平行世界

良ければまえがきからどうぞ。

 

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★『スクスト』の象徴、平行世界

かねてより私は『スクスト』の大ファンでした。ライトノベル風の親しみやすくかつSFチックなストーリーに心惹かれていたのです。そのストーリーのテーマは、「平行世界」でした。「もしもの私」の力を借りて戦う女の子たちの姿が、『スクスト』では描かれています。

一方『スクメロ』では、こうした平行世界に関する言及は、少なくとも私が知るところではほとんど見られませんでした。『スクスト』のスピンオフであるこの作品で、なぜ平行世界に関する話が描かれなかったのでしょうか?

 

★曲『daily miracle』に見る、「『スクメロ』→『スクスト』」

 その謎に迫るカギとして、『daily miracle』という歌に注目したいと思います。この歌は、『スクメロ』のPV(オープニングでもある)に使われた歌で、作詞したのは、『スクスト』のテーマ曲『もしもの私』の作詞も行った「Atari productions inc.(アタリプロダクションズ)」です。つまり、『スクスト』との架け橋であり、かつ『スクメロ』の大きなテーマを持つ曲と言えるでしょう。

 

ここではないどこかの夢を見つづけるよりも

どこにもないこの街で今を確かめたいかな

一度きりのブランニューデー 走り出した空の下

はじめて見る景色みたい しあわせだよ、ありがとう

(毎日が) 大切なこと(とてもとっても) 教えてくれた

(忘れちゃってた) よかった

なんでもない日常、奇跡的に平和なストーリー

かけがえない宝物、すぐ目の前にあったんだ

ダメになってないみたい、ぼくらのワンダーランド

ファンタジーじゃないんだよね、きみもぼくもみんなすべて

ラクラするほどリアルな世界 きみといるだけで眩しいよ

信じたっていいんじゃない? ぼくらのデスティニー

つながってるんだよね、きみもぼくもみんなすべて

だからもっとギュッとしようよ

ラクラするほどリアルな世界

きみといるだけでDaily Miracle, Daily Miracle, 眩しいよ

 

 とこのように、「今自分が生きている現実世界」に焦点を当てた歌詞になっています。「なんでもない日常 奇跡的に平和なストーリー」とか、『スクスト』をやっていると泣けてきますね。どんな平行世界にも、やはり命は生きていて。幾重にもある平行世界の中で、奇跡的に平和な世界。消失を免れている世界。『スクスト』の女の子たちが守らなくてはいけない、かけがえのない一つの世界…。

そう、『スクスト』と『スクメロ』は、むしろ対比的なのです。

『スクスト』は無数の平行世界に注目しますが、『スクメロ』はその逆、一つの世界の話に終始します。これにより、両者の味わいがより深まるのです。特に、上記のように『スクメロ』→『スクスト』と言う形で。

 こういったところに、『スクメロ』で平行世界を描かなかった意義・理由があるのでしょう。

 

★「『スクスト』→『スクメロ』」の感動

 ちなみに、後の話とも絡んできますが、この「『スクメロ』→『スクスト』」の逆、「『スクスト』→『スクメロ』」のエモエモ現象(感動を導く現象)はあるのでしょうか。…あります。二次創作です。この記事の本筋にかかわるわけではないため、具体的な作者名を出すのは控えますが、アプリコット・レグルスのみんなが平行世界を守るために女子校生戦士(フィフス・フォース)として戦う話がいくつも書かれて(描かれて)います。どれも名作です。ほんまありがたや~、って感じです。

 

★『例えば君の未来が』

 また、両者の関係については、『例えば君の未来が』という楽曲にも触れておかなければなりません。『スクメロ』をやっている方はもちろん知っていらっしゃると思いますが、この曲は、『スクスト』の主人公的存在・美山椿芽とスクメロ』の主人公・篠宮明佳里の二人によるデュエットです。『スクメロ』がなければ交わることのなかった2人がこうして出会って共に歌っているのは、本当に感動的です。アンフィシアターでのこの曲の演出はレグルスの名場面として知られますが、それはまた別の話…。

 

★『スクスト』内における『スクメロ』の扱い

 『スクメロ』における『スクスト』的世界観の取り扱いを見てきましたが、では、その反対、『スクスト』内における『スクメロ』の扱いはどうなっているのでしょうか。

『スクスト』内において、『スクメロ』に関する記述は主に二つ(私が記憶している限り)。告知では、『スクメロ』の世界(チャンネル)のことを「また異なる世界」「スクストキャラがアイドルの世界」といった旨が記述されています。この事実は、11月の新コスイベントからも分かります。また、棗いつみちゃんが「元の世界では水沢薫先輩と仲良くさせてもらってた」「元の世界ではあの5人が一緒にいた」と話す場面があります。

つまり、少なくともいつみちゃんが元々いた世界の水沢薫ら5人は、『スクメロ』世界ではないにもかかわらず、「運命に導かれて…」なのか、一緒にいたということですね。良きですね…。

 彼女たちは、『スクスト』においては「モブ」なのでしょうか。即ち、5次元認知能力を駆使して、『スクスト』のストライカーになることはないのでしょうか。

 

★世界を行き来したアイドル

 ここに、彼女たちが平行世界を移動できるという証があります。

 現に『スクメロ』を追いかけてきた私たちは、二つの異なる世界で彼女たちを見てきたじゃないですか。そう、二次元というスマホ画面の中と、三次元というリアル世界です。彼女たちは、様々な世界で、私たちと出会ってきました。ならば、彼女たちが『スクスト』のストライカーになるということも、ありえるのではないでしょうか…。

…というのは、現実と架空の区別がごっちゃになった、行きすぎたオタクの妄想ですが、そんなことを考えても楽しいものです。こんな妄想ができるだけでも、2.5次元展開に価値はあったと思います。

 

そう、『スクメロ』を語るにあたって、リアル世界の「アプリコット・レグルス」の活動の話は欠かせません。次は、「2.5次元のアイドル」について語ります。

 

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『スクメロ』が僕達に残したもの まえがき

 

★『スクメロ』の終了

スクールガールストライカーズトゥインクルメロディーズ~』(略称:スクメロ)という作品をご存知でしょうか?スクウェア・エニックススマホゲーム『スクールガールストライカーズ』(略称:スクスト)のアイドルキャピキャピなスピンオフ作品であり、この9/13(木)をもってわずか1年の歴史に幕を下ろすことになった作品です(今後は「保存版」オフラインアプリが残るらしい)。2.5次元展開というのでしょうか、リアル世界でもアイドルグループ「アプリコット・レグルス」が大活躍してくれました。篠宮明佳里、藤代渚、桐原香澄、上月真央、水沢薫。この5人には感謝してもしきれません。

 私が今回筆を取る(パソコンをカタカタ鳴らす)に至った理由が、この『スクメロ』の終了です。「スクメロ終了」の一報を聞いて、私は、自分を作り上げたものの一つである『スクメロ』のために、何かせずにはいられませんでした。「こんなことしても何も変わらない」とか考えるより先に、体が動き始めていました。世間では安室ちゃんの引退が注目されていますが、私にとっては「スクメロ終了」が辛いです…(安室ちゃん引退も悲しいけど。あと辛いといえばカープの新井さん引退も悲しい)。

 

★この記事の目的

 ズバリ、この一連の記事の目的は、「『スクメロ』が僕達に残したもの」というタイトルの通り、それを明らかにし、そしてネットという広大な海に流すことで、この世界の歴史の一部にする、というものです。まあ、そこまで大層なのは冗談ですが、誰かの心に『スクメロ』が生き続けたらいいな、と思っているのは事実です。

(追記9/14)こんなことを考えながら文字を打っていたら、合わせて13,000字くらいになりました。愛って怖いですね。

 

★何かを考える、語るということについて

 『スクメロ』が、「」ではなく「僕達」に残したものを考える。このような問いを立てたということは、主観的にただただ私が自分と『スクメロ』との触れ合いの歴史を語るだけではいけません。客観的に考える必要があります。そのために、色々あーだこーだと考えてみたりしました。けれども、どうしても物事を考えるにあたっては主観と客観が入り混じります。結局、そういうものと割り切って、私が「面白い」と思うものをなるたけ主観が入りすぎないように伝えることにしました。許してちょ。

 また、あるものを語るためには、それと比較できる物について熟知している必要があります。例えば、ご飯(白米)を語るためには、同じ炭水化物の主食であるパンとの違いを説明した方が効果的です。同様に、真中らぁらを語るためには夢川ゆいについても分かっていなければなりません。よって私も、アイドル物のスマホゲームをもう一つ始めてみました。何かと言いますと、『デレステ』です。アイドルマスターシリーズの知識はニコニコでちらっと、後は友人のツイートから聞こえてくるのみ、みたいな私ですが、「スクメロ終了」を知ったのちに、一か月以上やってみました。ちゃんみおかわいいんじゃ~。ギャップ萌えじゃ~。…コホン、これで、『スクメロ』について、より上手に語れそうです。

 

★★★

 

 さて、長ったらしい前置きはこのくらいでいいですかね。ちょうど今文字を打っているWordも1枚終えそうです。あとは、『スクメロ』に関する情報は、こちらの記事(http://dontleave.hatenablog.jp/entry/2017/09/25/003054)(「スクメロにスクエニの気合が入りすぎててヤバい」、ブログ『オタクをはなさないで』さん)(無断リンクごめんなさい)を読んでいただくと、ものすごく上手く説明なさっているので、よく分かると思います。この記事と内容が被る話もしていくと思いますが、ただいまより、「『スクメロ』が僕達に残したもの」、考えていきたいと思います。

 

あ、他に書くスペースがなかったのでここに挟むんですけど、今回の連載記事は加納新太さんの『「ドラクエ6」が本当に目指したもの』を読んでいたため思いついた形式です。まあ要するにパクリです。素晴らしいエントリだったので、読んでない方はこちらもぜひどうぞ(検索したらすぐ出てくると思います)。

 

それでは改めまして。まずは、「描かれなかった平行世界」からです。

 

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